きょうの診察室

Vol.58

なんでじーちゃんの前でできないんだ

夜の救急に、喘息発作で受診した小学生の男の子。
すごく上手に自分の症状を説明してくれます。
飲んでいる薬について、付き添いのお父さんは覚えていなかったのですが、
その子が「○○を何ミリグラム!」と即答したので、すごいなぁと思いました。
それは、ADHD(注意欠如多動症)といって、うまく集中できなかったり、落ち着いて座るのが苦手だったりという特徴のあるお子さんのためのお薬でした。

”そのお薬、きいてる感じあるかな?”とたずねると、
お父さんが先に「ぜんぜんきいてねーよな!おまえよ!」
と言ったので、口を開きかけていたその子は黙ってうつむきました。

帰り際に、「ありがとうございました」と気持ちいい挨拶をしてくれた男の子。

”自分のぐあいのこと、お薬のこと、教えてくれて助かりました、こちらこそありがとう。挨拶が立派だね。”
と伝え、その子とお父さんは出ていきました。

出た瞬間に、お父さんが「そういうふうに、なんでじーちゃんの前でできないんだ!」と大きな声で言うのが聞こえました。

わたしは自分が褒めたことで、その子が怒られたような気持ちになり、しばらく動揺してしまいました。

ADHDに限らず、なんども怒られて自信を失うことで、子どもたちの顔は少しずつ、下をむくようになります。
一方で、多くのご家族みていると、「わかっていても褒められない」「気がつくと怒ってしまう」「自分も気持ちにつらいものがある」「そもそも自分も褒められたことがない」、と教えてくれる方もたくさんいます。
褒められない・叱ってしまうご家族だけのせいではないし、ご家族もきっとしんどいだろうなと感じます。

子どもが叱られて1回うつむいたら、2回上を向けるように。
ゆとりがあれば、叱ってしまった人のいいところも見つけて、褒められる体験を共有できるように。

わたしは先に、お父さんを褒めたらよかったのかもしれないな、”夜中に連れてきてくれてお父さん、大変でしたね、ありがとう”って言ったらよかったのかな、と、
ざわざわした心で考えていた夜の診察室でした。

(小児科医 山口有紗)

山口先生のきょうの診察室への想いについてはこちら。
https://www.kidsrepublic.jp/pediatrics/today/detail/vol00.html



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<プロフィール>

小児科医師。専門は子どものこころ。
目指しているのは、「子どもとその周囲が、少ししんどいときにこそ、安心してつながることのできる社会」。
高校を中退後、単身渡英し、ロンドンのインド人病院でボランティアを行う。
帰国後は京都で働きながら児童養護施設や不登校の子どもとかかわる。
大学入学資格検定に合格後、立命館大学国際関係学部で開発支援や母子保健を学び、約30の国や地域を歴訪。
卒後山口医学部に編入し、医師免許取得。国立国際医療研究センター病院小児科コース研修医、東京大学医学部附属病院小児科、茅ヶ崎市立病院小児科を経て、2017年4月より国立成育医療研究センターこころの診療部や児童相談所などで子ども・家族のこころの診療に従事。
診療の傍ら、子どもに関わる多様な専門家がつながるコミュニティ「こども専門家アカデミー」を主宰している。

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